2009/9/10

宝塚記念の由来  
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競馬予想


年末の大一番だった関西地区(阪神競馬場)の阪神大賞典は、その成功を受けて当時の日本中央競馬会理事長であった有馬頼寧により1956年に関東地区(中山競馬場)に創設され定着した有馬記念にその役目を譲った。また春季もクラシック競走やそのトライアルレースが続く関東地区に比べて関西地区の大レースは桜花賞と天皇賞しかなく盛り上がりに欠けていた。そこで「春に有馬記念に匹敵する大競走を開催したい」との関西地区の意向もあり、有馬記念同様にファン投票によって出走馬を決めることを前提に4歳(現3歳)以上の混合の定量の重賞競走・宝塚記念として1960年に創設された。

第1回は阪神競馬場の芝1800mで施行され、翌1961年と1967年に200mずつ延長され現在の芝2200mでの施行となっている。このレースの創設に伴い、宝塚杯(旧・阪神記念)は競走名を阪急杯に変更されている。なお宝塚記念は創設以来、改修や地震災害等の理由から京都競馬場や中京競馬場で代替開催となった事が多くJRAGI(グレード制導入以前も含む)の中では最も代替開催の回数が多いレースとして知られる。
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